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国指定重要無形民族文化財 相馬野馬追 7月23・24・25日
■相馬野馬追の紹介 福島県原町市を中心に相馬、双葉両郡に亘る、旧相馬藩領(二市六町一村)挙げて開催される国の重要無形民族文化財「相馬野馬追」は、戦国時代のその昔から一千有余年の歴史を誇る日本を代表する伝統文化行事であります。 毎年、7月23日・24日・25日の3日間、600余騎の甲冑騎馬武者が出場し勇壮華麗にして豪華絢爛に繰り広げられる戦国絵巻「相馬野馬追」は、『世界一の馬の祭典』といわれております。
■相馬野馬追の由来 相馬家の始祖「平小次郎将門(たいらのこじろう まさかど)」は今をさかのぼること一千有余年の昔、相馬御厨(みくりや)の官職に有った頃、新しい軍事力として馬の活用を考え、下総国葛飾郡小金ヶ原(現在の千葉県流山市付近)の牧に野馬を放牧し、関八州(北関東八ヶ国)の兵を集め、野馬を敵兵に見立て野馬を追い、馬を捕らえる軍事訓練として、また、捕らえた馬を神前に奉じ妙見の祭礼として行ったのに始まるといわれる。 その後、今から675年前の元亨3年(1,323年)、相馬氏はそれ迄不在にしていた奥州、行方郡(現在の原町市)に移り住んでからも、代々の相馬藩主が、明治維新までこの行事を連綿と続けたのであります。
■相馬野馬追の騎馬武者がテレビ、映画に出演 出演作品 1、風林火山(昭和43年 三船プロ)
■相馬野馬追の日程(仮名) ■出陣(1日目/7月23日) 出陣は相馬中村神社・相馬太田神社・相馬小高神社の各妙見神社で行われます。それぞれの神社で参拝と祝杯が行われ、やがて出陣準備が整うと大将が出陣を命じます。軍者の振旗を合図に螺役が高らかに螺を吹き、いざ出陣。 (相馬市)
■大将お迎え(1日目/7月23日) 北郷(鹿島町)勢騎馬隊約100騎は、総大将を鹿島町の土樋で出迎え、宇田郷勢と合流し、隊列を整え総大将をお迎えする北郷陣屋へと向かいます。 総大将お出迎えの儀式は古式に則ったもので、総大将よりの伝言は早馬により逐一知らされ北郷陣屋にはひときわ緊張感が漂います。 その後、総大将お出迎えの儀式を終えた宇多郷、北郷勢の一隊は一路雲雀ヶ原祭場地のある原町市へ向かいます。 (鹿島町)
■宵乗り競馬(1日目/7月23日) 午後2時、原町市の雲雀ヶ丘祭場地では、馬場清めの式を行い螺役の陣螺を合図に、白鉢巻きに陣羽織、野袴姿の騎馬武者達による古式馬具を着けての宵乗り競馬が一周千メートルで、12回行われます。 (雲雀ヶ原祭場地・原町市)
■お行列(2日目/7月24日) 午前9時、原町市の北方、小川橋付近に終結した騎馬隊は、陣螺、陣太鼓が鳴り響き号砲の花火が炸裂すると、約3キロ先の雲雀ヶ原祭場地へと繰り出します。まず、相馬太田神社に供奉する中ノ郷(原町市)勢を先頭に、相馬小高神社に供奉する小高郷(小高町)、標葉郷(浪江町、双葉町、大熊町)が続き、殿は相馬中村神社に供奉する北郷(鹿島町)、宇田郷(相馬市)勢が御本陣を目指して進軍します。 先祖伝来の甲冑に身を固めた600余騎の騎馬武者が居並ぶ、威風堂々にして豪華絢爛な戦国絵巻は、まさに天下無比の圧巻であり、文化財的逸品が揃う「お行列」は動く文化財として好事家に野馬追をもう一度見たいと言わせる所以です。 (原町市)
■甲冑競馬(2日目/7月24日) 正午、陣螺、陣太鼓が鳴り響くと、兜を脱ぎ白鉢巻きを締めた若武者が、大坪流の手綱さばきのもと、先祖伝来の旗指し物をなびかせ、人馬一体となり風を切り疾走する勇壮な甲冑競馬が開始されます。 甲冑競馬は、一周千メートル、12頭立てで10回行われます。 (正午〜午後1時 雲雀ヶ原祭場・原町市)
■神旗争奪戦(2日目/7月24日) 午後1時、山頂の本陣から戦闘開始の陣螺が鳴り渡ると、満を持していた数百騎の騎馬武者たちが、夏草茂る雲雀ヶ原一面に広がる。天中高く打ち上げられた花火が炸裂し、二本のご神旗がゆっくり舞い下りてくると、数百騎の騎馬武者がこの旗を目指しどっと駆け出し、ご神旗下に群がり鞭を振りかざし勇壮果敢に奪い合います。雲雀ヶ原祭場地は、戦場と化し祭りは最高潮に達する。 (午後1時 雲雀ヶ原祭場・原町市)
■野馬懸(3日目/7月25日) 小高町の相馬小高神社境内で行われる神事です。騎馬武者数十騎で裸馬を、境内に設けた竹矢来の中に追い込み、白鉢巻きに白装束をつけた御小人と呼ばれる者たちが、素手で荒駒を捕らえ神前に奉納する古式にそった行事です。 (小高神社・小高町)
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